
こんにちは。
あの日の森シリーズですが、
現在の仕事に就く上で、
必要なたくさんの学びがあった高校時代編です。
中学2年で色々あって、
順風満帆路線からは逸脱し、
はてさて、
どうなるんだろう?
どうしていくべきなんだろう?
親はなんて言ってくるだろう?
なんて考えて過ごしていましたが、
部活以外の時間は、
それまでとあまり変わらず過ごしていました。
小学5年生から通っている塾も継続して通っていました。
この塾も、
現在の自分を構成する上で、
多大な影響を与えてくれています。
この塾は15年ほど前、
つまり僕が卒業して数年で、
様々な時代の潮流のもとで、
閉塾してしまいましたが、
大人になってから塾長の元を訪れる機会をいただき、
そこで非常に熱い想いを引き継がせていただいたと勝手に思っております。
その時の話は、続編にて。
この面白い塾は、
進学塾と言いながら、
宿題もほぼない、
自分で必要と思ったらしなさいというスタンスで、
夏休みも、毎日授業があるような感じではなかったです。
「必要なだけすれば良い」を間に受けて、
明らかに勉強量が足りないまま、
なんとかギリギリ滑り込んだ高校で、
当時の森はカルチャーショックを受けます。
「え?みんなめっちゃ勉強するやん」
確かに、
中学時代の学年1位争いをしていた、
超進学塾に通っていたメンバーたちは、
中学の休み時間もめちゃくちゃ塾の宿題してたけど、
「ここの人たちもそれするの!?」と驚きました。
また巻き戻ってしまいますが、
学年1位争いしている人たちが、
朝学の時間で猛勉強している横で、
EP④でも出てきた、
部活に入っていなかった子たちと仲良くなった僕は、
海洋生物・水生生物が好きだった友人の持ってきた、
図鑑を読み込み、
数日に一回テストを受けさせられていました。
今思えば、
何やってんねんという話ですが、、
しかし、
10年経って気づいたのですが、
その彼こそ、
主体的に学んでいたのです。
この彼、以前、塾生に何か役立ってくれるならと、
手紙を寄稿してくれた人です。
とてもユニークな経歴の持ち主で、
きっと学生時代は、
生きづらかっただろうに、
自分から自分が輝ける場所を求め続けて、
どんどん経験値を積み上げていく姿は、
今でも僕に良い刺激を与えてくれます。
路線を修正しますと、
高校で、
頭良い上にさらに勉強しまくる人たちを見て、
(直近のテストもないのに)
人間観察が好きな僕は、
『なぜ、この人たちはこんなに勉強するんだろう?』と人間観察を始めました。
①東大(旧帝大)に入りたい
②中学から競ってきた人に負けたくない
③親が医者だから
④都会(海外)に行って一人暮らししたい
⑤就きたい職業がある
⑥せっかくこの高校に入ったから
⑦漫画みたいなキラキラ高校生やりたい
大体、この辺りに収まっていたかと思います。
そうなると、
自分は、
教員になりたいけど、
他のみんなみたいにめちゃくちゃ勉強する必要はないか、
と勉強しなくて良い口実を見つけてしまった覚えがあります。
特に、
高校1年生の頃は、
受験疲れの反動か、
そこまで一生懸命になっていない人も多かったので、
廊下で野球をしたりしていました。
この時に、
新たな知見を得たのですが、
明らかに廊下で野球をしているのに、
そこを通りかかった先生たちが
誰一人怒らない!
「勉強しなさい!」なんていう人は本当にいなくて、
「怪我するなよ」「窓破るなよ」ぐらいはありましたが、
明確にど叱られた覚えはありません。
ちょうど廊下の端っこのクラスだったこともあったのでしょうが、
隣のクラスは、
たまたまめちゃくちゃ真面目なクラスで
(まだ文理選択もないのに)
休み時間に誰一人廊下に出てこず、
みんな座って勉強していました。
僕は、隣のクラスだったら、
もしかしてやっていけてなかったかもと思ったりもします。
話は変わりますが、
あなたの塾Findを立ち上げる前の大学生時代に、
不登校気味だった子の家庭教師をしていた時期があります。
その子には、
僕の高校生活がいかに自由だったかを伝え続けました。
この子は、
自分は数学だったら、
楽しんで解けるかもしれないと気づいて、
どんどんのめりこみ、
学校に復帰できる日が増え、
家庭教師の他に、
塾に通い出して、
そんな楽しい高校なら行ってみたいと思ってくれたようで、
見事に合格し、
僕なんかよりしっかり勉強して、
旧帝大へ進学しました。
僕がこの高校で学んだことは、
学校の教訓でもあるように、
『自主自律』の精神です。
自分の中で、
確固たる動機があれば、
それが正しいと思って進める心。
今でもかなり重要な肝になっています。
高校側からすれば、
鳴かず飛ばずの学生だったと思いますが、
高二の時の世界史の先生が、
「このクラスの裏ボスは森君だ」と言ってくれました。
本当に何もしていないのに。
あれなんだったんだろうと思いながら、
あの人もかなり独特な先生だったし、
僕が人間観察に勤しんでいることがバレていたのかもしれません。
お会いして真相を聞いてみたい先生ではあります。
この先生は、
自分の嫌いな世界史の単元は、
自分の趣味のガンダムになぞらえて
『「赤い」インド史!』とか命名して、
勝手に3倍速で終わらせていました。
今思えば、
天才的発想です。
何朝があったかとかは覚えていないのに、
同級生の誰も覚えていないであろう付随情報ばかり拾っているあたり、
本当にどうでも良いとされる部分を吸収してきたことが伺えます。
でも、
それこそがあの学校の良さだったのかもと拡大解釈しています。
実は、一番の旨みを吸えていたのではないかと。
この高校時代を語る上では、
中学も同じで、
この高校に一緒に進学した友人のことも触れさせていただきます。
彼は、
非常に勉強が得意で、
特に数学が大好きで、
高校に入ると、
常に分厚い数学本を持ちながら、
行きも帰りも電車の中で
数学の話をしていました。
僕はというと、
予習どころか復習までそこそこに、
なんとなくで勉強していたのに、
彼がマシンガン数学トークをしてくるので、
何か返事しなきゃとあっぷあっぷしていました。
どう考えても、
僕の方が、
高校についていけていないし、
彼は常に二桁順位をキープして、
将来有望だったのに、
3年生で、
クラスが分かれた途端、
(彼は、超進学コースを選択してた)
不登校になってしまいました。
いじめとか外的要因はなかったように思います。
本人の中で、
何かが弾けてしまったのだと思います。
僕は、クラスが分かれたことで、
数学マシンガントークから解放された気持ちの方が強かったのですが、
「最近来ていない」と聞いて、
本当に驚いたことを覚えています。
結局、
卒業式までくることができず、
その子のお母さんとやりとりして、
卒業式後に、
家にお邪魔させていただきました。
それでも
彼は出てこれず、
高校以来、今の今まで会えていないままです。
実は、
3年前のShogenさんとのトークショーに、
いろんな縁が重なって、
彼のお母さんが来てくださいました。
高校生の時の自分の素直な気持ち、
いろいろ勉強していろんな子と関わってきたからこそわかる気持ちが交錯して、
お母さんと握手させていただいた時、
目頭が熱くなりました。
『自主自律』の、
律するですが、
社会規範に収めるなどの意味もありますが、
自分で自分の限界を見極めることも含まれていると思います。
オーバーヒートしたまま走り続けていては、
いつか必ずガタが来ます。
そのことにより、
動きづらくなったり、
むしろ社会規範から逸脱してしまうかもしれません。
他人に迷惑をかけたり、
誰かのためになれなかったりする以前に、
自分を痛めつけてしまっては、
元も子もないのです。
別の友人のエピソードです。
高校に行ってから出会った友人で、
僕以上に泰然自若に構え、
いっつも赤点を取っている友人がいました。
でも、
いつも学校には来るし、
なぜか端っこの後ろの席を引き当てる。
僕は彼と、
とても仲が良かったです。
高3の冬に、
彼から「森君、NSC(吉本お笑い養成所)行かん?」と誘われたことを今でもたまに思い出して、
そっち選択してたらどうなってたかなと思ったりします。
(結果的に彼は、東京の大学に進み、ニーチェを読み耽っていたそうです)
挙げたらキリがないほど、
いろんな場面があった高校だったと思います。
高校3年の夏は、
クラスの自主映画の主役に抜擢され、
お盆休み返上で、
毎日、エアコン設備もない、
武道場の控え室で汗だくで撮影していました。
ここでも、
「いや、あんだけ勉強するくせに、みんな撮影に来るんかい!」と心の中でツッコミを入れていました。
僕が過ごした3年間のクラスが、
たまたまあの高校の色が凝縮されたようなメンツが集結していたのかもしれません。
どうせ、自主映画だし適当で良いだろと思っていたら、
みんなセリフを入れ込んできていて、
「嘘!そこも真剣なの!?」と、
撮影二日目から慌てて真面目に取り組んだ覚えがあります。
ちょっとした、
少年マンガになりそうな日々を過ごせて、
とっても良い財産です。
あなたの塾Findには、
確実にこの高校時代の型破りな経験が、
生かされています。
セルフマネジメント=自分を知る、
自分の性格だけじゃなく、
頑張りすぎ防止、
ブレーキの練習を口酸っぱく言わせていただいているのも、
この時期のさまざまな経験があってこそです。
うまくいっているように見えても、
うまくいっていない、
うまくいっていなくても、
うまくいくだろう。
この辺りは、
自分を知った上で、
ブレーキも正常に作動するかどうかが、
判断基準になっています。
今年の先生がたまたま良い先生で、
何事もなく過ごせているから、
うまくいっていると考えるのは、
危険かもしれません。
見るべきは、
子どもがどこまで自分の行動を理解し、
休める時に休めるかです。
今回のEP⑤からは、
この教訓を伝えたく思います。
塾長 森
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