
こんにちは。
いつものジムも閑散とし、
近所のスーパーも人手はまばらでしたが、
みなさんお盆をいかがお過ごしでしょうか。
僕は、いろんな同級生たちと会って、
リフレッシュさせていただいております。
他者受容
今日は、
他者受容(=他者を自分の軸で評価せずに受け入れる)について。
「あの人の気持ちが分からない」
「あんなことするなんて許せない」
そんな言葉を聞いたり、
口にした経験があるのではないでしょうか。
または、
他者のことを気にも留めずに、
我が道を突っ走ることにした人を見かけたことがあるかもしれません。
後者はまた少し違ったニュアンスですが、
とにかく他者を受け入れるには、
どういう心構えでいた方が良いかということについて、
今回はお話しさせていただきます。
まず大前提、
本当に他者の気持ちが全てわかる人はいないと思います。
メンタリストで有名になったDaiGoさんも、
数々の論文を読み、
心理分析、行動分析の結果、
とある動作の後に来る可能性が高い結果を知っているからこそ、
あのように相手が選んだボールの色などが分かるようです。
実は、
僕も同じような遊びをした時に、
あれほど完璧ではないですが、
結構当てることができます。
僕の場合は、
様々な経験則がベースとなって、
そこに後付けで本を読んで、
次に起こる行動の期待値がなんとなく分かるようになっている感じでしょう。
しかし、
これらは、
自分で言うのもなんですが、
難度が高いです。
では、もう少し基礎的な面から、
他者受容をするためには何をするべきか、
①自分のことを知る
いつだって出発点は自分です。
特に、自分以外の人と絡みが発生する社会性やコミュニケーションに関する能力を発揮する時には、
自分の中で、
(1)何が許せないか?
(2)どうして許せないか?
まで理解しておくことがおすすめです。
(1)までは把握している方はいらっしゃると思いますが、
(2)まで進んでいる人は案外少ないです。
ここが下地となるので、
(2)まで自分で説明できるようにしておくことがスタートラインです。
ここから、
他者とやりとりする時の対応ですが、
「共感はできなくても、理解はできる」
共感して同じような気持ちで、
まさに一心同体となって活動することは不可能ではないでしょうが、
オススメしません。
その理由ですが、
①自分の気持ちに嘘をついているかもしれない
②自分の思考を止めてしまうかもしれない
③他者との境界線が曖昧になり、精神的負荷が大きくなる
以上のような理由から、
共感できることは共感しても良いですが、
全部の話に共感しようとすると、
大変なことになりかねません。
しかし、
共感はできなくても、
理解することはできるはずです。
世の中の全てを理解することはできなくても、
日常で関係性があるような出来事に対しては、
理解する姿勢で挑めると、
客観的視点がどんどん強化されてきます。
すると、
気づけば対人関係への不安も軽減されてくるはずです。
誰かと喋ることが億劫ではなく、
「まぁ。そう言う人もいるか」と思えてくるわけです。
受容態勢が整いすぎると、
理解しようとしすぎて、
危険な思想が入り込んでしまうかもしれないので、
そこはもう一段フィルターを備える必要が出てきます。
何かと他者と会う機会が増えるであろうお盆ですが、
自己研鑽のチャンスと捉えてみてはいかがでしょうか。
塾長 森
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